高野山2005

古より現世と来世の幸福を祈願しようと 数多くの人々が参詣してきた高野山に 行くことができました。 昔の人々が歩いてきた道をたどりながら 紅葉を思わせる木々たちや老杉、墓石や供養塔、 そこに供えられている高野槇を目にしつつ、 僧侶や巡礼の方々にもたくさん出会いました。 出会う中でのすれ違いの挨拶や各寺院での 合掌礼拝の行為の中に心が洗われていくような 気がします。 聖地である壇上伽藍と奥の院。 その奥の院で弘法大師が生き続け 今も人々を救済していると伝えられています。 御廟橋を渡り、灯籠堂へかけての草木にさえも四季の変化 すべてを思わせる神秘的な光景を見ることもできました。 それらの中でたくさんの石楠花、もみじ、そして わずかばかりのすずらんも見かけました。 高野山へは古来より七つの入り口(黒川道、大峰道、熊野道、相ノ浦道、龍神街道、町石道、不動坂道)があり、なかでも高野街道と通じる町石道は京都、大坂から多くの参詣者が訪れてきた道です。橋本の紀ノ川を渡り九度山の慈尊院から石の道しるべである卒塔婆が1町(およそ109メートル)ごとに大門まで180町立っています。中世末期には不動坂道ができ便利になりました。  816年 空海高野山を嵯峨天皇より賜る  835年 空海高野山入定(62歳)  921年 醍醐天皇より弘法大師の諡号が贈られる 1023年 藤原道長の参詣をきっかけに白河上皇、鳥羽上皇をはじめ天皇、貴族の参詣が盛んになる …

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